地域包括ケアとコミュニティ

孤独死ゼロを目指す地域コミュニティ：『つながり』の質を高めるインクルーシブな関係性構築

はじめに：孤独死ゼロに向けた「つながり」の質の重要性

高齢化が進行する我が国において、孤独死の問題は喫緊の課題であり、地域包括ケアシステム構築の重要な目標の一つとして「孤独死ゼロ」が掲げられています。この目標達成に向けて、地域コミュニティが果たす役割への期待は非常に大きいものがあります。これまで地域コミュニティには、見守り機能や安否確認といった、いわば「つながり」の「量」を確保する役割が主に注目されてきました。しかし、単に物理的な接触や表面的な挨拶があるだけでは、住民の孤独・孤立を根本的に解消し、真のwell-beingを実現することは困難であるという認識が広まりつつあります。

真に孤独死を防ぎ、誰もが安心して暮らせる地域を築くためには、「つながり」の「質」を高めることが不可欠です。すなわち、互いに信頼し合い、困った時に相談でき、自身の居場所や役割を感じられるような、心理的に安全で質の高い人間関係を地域の中に育むことが求められています。

本稿では、「孤独死ゼロ」という目標達成に資する地域コミュニティのあり方として、「つながり」の質を高めるインクルーシブな関係性構築に焦点を当てます。インクルーシブな関係性とは、多様な背景や状況を持つ地域住民一人ひとりが排除されることなく、自然な形で地域社会に参加し、主体的に関わり合えるような関係性の状態を指します。自治体職員の皆様が、地域の実情に応じた政策や事業を立案・推進される上で、この視点が一助となれば幸いです。

「つながり」の質がもたらす効果

地域における「つながり」の質が高い状態とは、具体的にどのようなものでしょうか。これは、単に多くの知人がいることや、頻繁にイベントに参加することだけを指すのではなく、以下のような要素を含む関係性が地域に根付いている状態と言えます。

• 安心感と信頼: 困りごとがあった際に安心して相談できる人がいる、自分の状況を受け入れてもらえるという信頼感。
• 互恵性（相互支援）: 一方的に支援されるだけでなく、自分も誰かの役に立てるという実感。Give & Take のバランスがとれた関係性。
• 自己肯定感と自己有用感: 地域の中で自身の存在が認められ、必要とされていると感じられること。
• 心理的な居場所: 物理的な場所だけでなく、心を開いて安心して過ごせる人間関係のネットワーク。

このような質の高いつながりは、個人の主観的な幸福感（well-being）を高めるだけでなく、孤独・孤立の予防、心身の健康維持、社会参加の促進に大きく寄与します。また、災害時などの緊急時における互助機能の強化にも繋がります。さらに、質の高いつながりは、地域住民が自身のニーズや生きづらさを表明しやすくする効果も期待できます。これは、地域包括ケアシステムが見えにくいニーズを把握し、適切なサービスに繋げていく上で極めて重要となります。

インクルーシブな関係性構築の意義

地域コミュニティにおける関係性構築において、「インクルーシブ」であることの意義は計り知れません。高齢期には、身体機能や認知機能の変化、経済状況の変化、近親者との死別など、様々なライフイベントを経験し、それまで築いてきた人間関係が変化したり、新たな関係性を築くことが難しくなったりする場合があります。また、障害を持つ方、外国籍住民、性的少数者、ひきこもり状態にある方、特定の疾患を抱える方など、地域には多様な背景を持つ人々が生活しており、既存のコミュニティの形や活動に参加しにくい状況にある場合があります。

インクルーシブな関係性構築は、このような多様な人々が、それぞれの状況や希望に応じて地域社会に参加し、他者と関わる機会を持つことを目指します。これは、特定の属性の人だけが集まるクローズドなコミュニティではなく、様々な人々が自然に交じり合い、互いを尊重し合えるような開かれたコミュニティの実現を意味します。

インクルーシブなアプローチは、以下のような効果をもたらします。

• 多様な視点と資源の発見: 異なる背景を持つ人々が交流することで、新たなアイデアや互いの持つ多様なスキル、知識、経験といった地域資源が発見されやすくなります。
• スティグマの軽減: 特定の状況や属性に対する偏見や差別意識が薄れ、誰もが安心して「ありのまま」でいられる雰囲気醸成に繋がります。
• 社会全体の連帯感向上: 自分とは異なる他者への理解が進み、地域全体の連帯感やレジリエンス（回復力）が向上します。

質の高いインクルーシブな関係性を育むためのアプローチ

では、地域において質の高いインクルーシブな関係性をどのように育んでいくことができるでしょうか。以下に、いくつかの実践的なアプローチを示します。

1. 多様な人々が集える物理的・心理的「居場所」の創出:

   • 誰もが気軽に立ち寄れる、安全で居心地の良い物理的な空間（例：地域交流センター、カフェ、空き家を活用した多世代交流スペース、寺社、学校施設など）を整備することが第一歩です。
   • しかし、物理的な場所だけでなく、そこに集まる人々が安心して自分自身を表現でき、受け入れられていると感じられるような心理的な雰囲気づくりがより重要です。批判されない、失敗しても大丈夫、という安心感があることで、関係性は深まります。
   • 運営においては、特定のテーマに限定せず、多様な関心を持つ人々が共存できるような柔軟性が求められます。

2. 「参加しやすい」多様な機会のデザイン:

   • 画一的なイベントやプログラムだけでなく、趣味、学び、軽作業、ボランティア、食事など、多様な関心や能力に応じた活動の選択肢を提供します。
   • 大人数が苦手な人のための小規模な集まり、自宅からオンラインで参加できる機会、短時間だけ関われる活動など、参加のハードルを下げる工夫が必要です。
   • 「〇〇さんだから来てほしい」といった個別のアプローチや声かけが、参加への第一歩となることも多くあります。

3. 傾聴と対話を中心としたコミュニケーションの促進:

   • 住民同士、あるいは支援者と住民の間で、一方的な情報提供や指示ではなく、互いの話に耳を傾け、気持ちや考えを共有する対話の機会を意図的に設けます。
   • 例えば、テーマを決めて自由に話すサロン形式の場や、特定の課題について共に考えるワークショップなどが有効です。
   • 専門職や支援者は、「支援する側／される側」という固定的な関係性にとらわれず、対等な立場で対話に臨む姿勢が重要です。

4. 地域住民の「担い手」としてのエンパワメント:

   • 地域には、特別な専門知識はなくとも、人との関わりが好きで、自然な形で周囲の人々を見守ったり、困っている人に声をかけたりできる住民（いわゆる「インフォーマルな担い手」や「キーパーソン」）が必ず存在します。
   • これらの住民を発見し、彼らの活動を認め、過度な負担にならない範囲で支援していくことが重要です。
   • 「何かをしてあげる」という一方的な支援ではなく、「共に何かをする」「お互い様」という関係性、すなわち互恵的な関係性を育む視点が不可欠です。住民が自身の強みや経験を活かして他者と関わる機会を持つことで、自己肯定感や地域への貢献意識が高まり、より質の高い「つながり」が生まれます。

5. スティグマへの配慮と心理的安全性:

   • 孤独や孤立、生きづらさ、特定の疾患などが、その人の「弱さ」や「問題」として捉えられ、周囲から距離を置かれてしまうことがあります。このようなスティグマは、SOSを出しにくくさせ、関係性構築を阻害します。
   • 地域全体で、多様な生きづらさへの理解を深め、誰もが安心して自分の状況を話せるような心理的安全性の高い環境を醸成する啓発活動や、当事者の声を聞く機会を設けることが重要です。

自治体の役割と政策的視点

質の高いインクルーシブな関係性構築を進める上で、自治体は極めて重要な役割を担います。直接的にすべての関係性を構築することは困難ですが、そのための「土壌」を整備し、「触媒」となるような政策的なアプローチが求められます。

• 環境整備と資源提供: 地域住民の活動拠点となる物理的空間の提供や改修支援、活動資金の助成、情報提供基盤の整備（ウェブサイト、広報誌、地域の活動マップ作成など）。
• 人材育成と活動支援: 地域で人をつなぐことができる住民リーダーやコーディネーターの育成研修、既存のNPOや任意団体等への活動支援、専門職と住民活動をつなぐコーディネート機能の強化。
• 多分野・多機関連携の促進: 福祉、医療、介護、障害、教育、地域づくり、生涯学習、産業振興など、様々な部署や機関が連携し、多様な住民ニーズに対応できる体制構築。企業、NPO、住民組織、学校、宗教法人など、地域内の多様な主体との連携を推進。
• データとエビデンスに基づく施策立案: 地域の社会関係資本（ソーシャルキャピタル）の状況を可視化するための調査、質の高いつながりが住民のwell-beingや孤独死予防に及ぼす影響に関する研究結果の収集と分析。これにより、より効果的な施策設計に繋げます。定量的なデータだけでなく、住民の声や活動のプロセスといった質的な情報も重視します。
• 啓発と意識改革: 孤独・孤立は誰にでも起こりうる問題であるという認識の醸成、多様な人々を包摂することの重要性に関する住民向けの啓発活動。

結論：未来への展望

孤独死ゼロという目標は、単に個人の命を守るだけでなく、誰もが社会の一員として尊重され、安心して暮らせるインクルーシブな地域社会の実現を目指す過程そのものです。この実現には、地域包括ケアシステムにおける医療・介護・福祉といった専門職の役割はもちろん重要ですが、それらを支え、住民の日常における安心感を醸成する地域コミュニティの役割は不可欠です。

特に、「つながり」の「量」だけでなく、「質」を高め、多様な人々が排除されることなく自然な形で関わり合えるインクルーシブな関係性を地域に育むことが、真の孤独・孤立対策に繋がります。これは一朝一夕に成し遂げられるものではなく、地域住民、様々な活動主体、そして自治体が、中長期的な視点を持って共に取り組んでいくべき課題です。

自治体職員の皆様には、既存の制度や枠組みにとらわれず、地域に眠る多様な資源や住民の潜在力に目を向け、「つながり」の質を高めるためのインクルーシブな仕掛けを積極的にデザインしていただきたいと思います。政策の力で、地域に温かく、質の高い、そして多様な人々を受け入れる「つながり」のネットワークを育むことが、孤独死ゼロの実現に確実につながる道であると確信しております。