孤独死ゼロを目指す地域包括ケア:空き家・商店街活用によるコミュニティスペース創出とその効果
はじめに
我が国における高齢化は進行しており、地域社会における孤独・孤立の問題は深刻化しています。特に一人暮らし高齢者の増加に伴い、誰にも看取られずに亡くなる孤独死は、個人の尊厳に関わる問題であるとともに、地域社会の課題として認識されています。地域包括ケアシステムは、高齢者が住み慣れた地域でその人らしい生活を継続できるよう、医療、介護、介護予防、住まい、生活支援が一体的に提供される体制の構築を目指すものですが、「孤独死ゼロ」を達成するためには、このシステムにおける「地域コミュニティ」の機能強化が不可欠です。
本記事では、地域包括ケアシステムにおける孤独死ゼロという目標達成に向け、地域に存在する遊休資産である空き家やシャッター商店街などを活用した「コミュニティスペース」の創出に焦点を当てます。これらのスペースが、いかに孤独・孤立防止、住民のwell-being向上、互助機能の強化に貢献するのか、そのメカニズムや具体的な効果について掘り下げ、自治体職員の皆様が施策立案や事業設計において考慮すべき実践的かつ政策的な視点を提供します。
地域資源を活用したコミュニティスペースの意義
高齢化や人口減少が進む地域では、空き家や商店街の空き店舗が増加し、地域の活力が失われつつあります。これらの遊休資産は、負の遺産として捉えられがちですが、視点を変えれば、地域住民が集い、交流し、支え合うための新たな「コミュニティスペース」として再生させる可能性を秘めた「地域資源」と言えます。
遊休資産をコミュニティスペースとして活用することの意義は多岐にわたります。第一に、既存の建物を活用することで、新規建設に比べてコストを抑えられる可能性があります。第二に、地域の歴史や記憶が刻まれた場所を再生することで、住民の郷土への愛着や誇りを醸成し、地域の活性化に繋がります。第三に、多様な人々がアクセスしやすい立地にあることが多く、日常的な立ち寄りや参加を促しやすいという利点があります。
これらのスペースを、単なる物理的な場所としてではなく、「人が集まり、繋がり、互いに支え合う関係性が生まれる場」として設計・運営することが、「孤独死ゼロ」を目指す上で極めて重要となります。
コミュニティスペースが果たす機能と孤独死ゼロへの貢献
地域資源を活用して創出されたコミュニティスペースは、孤独・孤立防止、well-being向上、互助機能強化に対し、多様な機能を通じて貢献します。
1. 孤独・孤立防止への貢献
- 社会的つながりの創出・維持: 定期的なイベントやプログラム(お茶会、趣味の教室、健康体操など)を通じて、住民同士が顔見知りになり、自然な会話や交流が生まれます。これにより、地域における新たな人間関係が構築・維持され、社会的に孤立するリスクを低減します。
- 見守り機能: スペースの運営者や常連客が、日常的に利用者の様子を把握することで、体調の変化や異変に気づきやすくなります。これは専門職によるフォーマルな見守りだけでなく、地域住民によるインフォーマルな見守り機能の強化に繋がります。
- 早期発見・対応: 利用者の異変や困りごとが察知された場合、スペースの運営者や他の利用者が、適切な専門機関(地域包括支援センター、医療機関など)への相談を促したり、必要な情報を提供したりする橋渡し役を担うことが期待されます。
2. Well-being向上への貢献
- 居場所と役割の創出: 自宅以外に安心して過ごせる「居場所」があることは、心理的な安定に繋がります。また、スペースの運営に関わったり、自身の特技を活かした活動(趣味の指導など)を行ったりすることで、社会的な役割を得ることができ、生きがいや自己肯定感の向上に繋がります。
- 学びと交流の機会: 新しい知識やスキルを習得する機会(スマホ教室、健康セミナーなど)や、多様な世代・背景を持つ人々との交流は、精神的な刺激となり、生活の質の向上に寄与します。
3. 互助機能強化への貢献
- 住民同士の支え合い促進: スペースでの交流を通じて築かれた信頼関係は、困りごとが発生した際に互いに助け合う「互助」の基盤となります。例えば、買い物支援やゴミ出し支援など、日常生活におけるちょっとした手助けが生まれやすくなります。
- 地域課題解決への主体性向上: スペースが地域の情報交換拠点となることで、住民は地域が抱える課題(防犯、防災、環境美化など)を共有しやすくなります。共通認識を持った住民が集まることで、これらの課題に対する主体的な取り組みや解決に向けた住民活動が生まれる可能性があります。
事例と政策的視点
地域資源を活用したコミュニティスペースの事例は全国に広がっています。例えば、空き家を改修して地域の誰もが立ち寄れる交流サロンとした例、シャッター商店街の空き店舗を借り上げて多世代交流カフェや地域の活動拠点とした例などがあります。これらの事例に共通するのは、物理的なスペースの提供にとどまらず、そこに集まる人々がゆるやかに繋がり、互いの存在を認め合う関係性を育んでいる点です。
自治体職員がこれらの取り組みを推進するにあたっては、以下のような政策的な視点が重要となります。
- 法制度・資金面での支援: 空き家バンク制度の活用促進、改修費用や初期運営費用への補助金制度、NPO法人や地域団体への委託事業などを検討します。建築基準法や用途地域に関する規制緩和も有効な手段となり得ます。
- 多分野・他機関との連携強化: 福祉部門だけでなく、建築部門、商工部門、都市計画部門など、庁内の関連部署との連携が不可欠です。また、地域包括支援センター、社会福祉協議会、NPO、大学、地元企業、専門家など、地域内外の多様な主体との協働体制を構築します。
- 担い手育成と支援: スペースの持続的な運営には、意欲ある住民や団体が担い手となることが重要です。運営ノウハウの提供、研修機会の設置、相談窓口の設置など、担い手の育成と活動支援を行います。
- 効果の測定と評価: コミュニティスペースが孤独・孤立防止にどれだけ貢献しているのか、定量・定性両面からの効果測定を試みます。例えば、利用者の属性や頻度、スペースでの交流内容、地域住民の意識変化に関する調査などを行い、得られた知見を今後の施策に反映させます。
- 情報共有と横展開: 先進事例や成功要因、課題やその解決策に関する情報を地域内で共有し、他の地域への横展開を促進します。
課題と今後の展望
地域資源を活用したコミュニティスペースの運営には、いくつかの課題も存在します。継続的な運営資金の確保、担い手の高齢化や後継者不足、専門的な知識(福祉、建築、法律など)を持つ人材の不足、参加が特定の住民に限られることによる限定性などが挙げられます。
これらの課題に対応するためには、地域住民、自治体、専門職、企業、NPOなど、多様な主体が連携し、知恵を出し合うことが不可欠です。例えば、企業版ふるさと納税の活用、クラウドファンディング、地域住民からの寄付募集といった資金調達の多様化、ボランティア保険制度の周知や研修を通じた担い手の負担軽減とスキルアップ、地域の医療機関や介護事業所との連携による専門職の関与促進などが考えられます。
孤独死ゼロは、単に個人の問題としてではなく、地域社会全体の課題として捉える必要があります。地域資源を活用したコミュニティスペースは、地域住民が繋がり、支え合い、互いの存在を認め合う関係性を再構築するための有効な手段の一つです。これは、地域包括ケアシステムが目指す「顔の見える関係」を物理的・社会的に実装する試みと言えます。
今後、これらの取り組みが地域の実情に合わせて多様な形で展開され、地域社会全体のウェルビーイング向上と孤独死ゼロの実現に繋がることを期待します。自治体職員の皆様には、地域資源が持つ潜在力に着目し、創造的な発想でコミュニティスペースの創出・支援に取り組んでいただきたいと思います。